国境なき医師団 Ⅳ
〔MSF医療スタッフ・中野悠平様の体験とご依頼のコピーを転載させて頂きます〕
国境なき医師団(MSF)の外科医、中野悠平と申します。皆さま、南スーダンという国をご存じでしょうか。長い紛争を経て2011年にスーダンから独立した、世界で一番若い国です。しかし、いまだに政治・経済ともに安定せず、医療体制も十分ではありません。私にとって、南スーダンは初めてのMSF参加から、3回連続で活動した国。最初は名前くらいしか知らなかったですが、いまではとても身近な国になりました。
MSFの存在を知ったのは中学生の時です。医療を受けられずに苦しむ人びとが、治療によって健康を取り戻し、再び自分の人生を歩めるようになる。そんな手助けを自分もできたらと思い、医師を志しました。研修医時代には、体当たり的に経験を積んでみようと、1年間テントとギターを担いで世界を旅しました。パレスチナやチベットなどを訪れ、旅で出会った100人以上に「あなたにとって、幸せとは?」と尋ねたのです。開発途上国で暮らす人のほとんどの答えは「家族」でした。家族と共に過ごす日常。そんな日々にこそ、彼らの幸せはある。一方、開発途上国では長く続く紛争や、医療体制の不備のせいで、「幸せの源泉である家族の命」を守ることが難しいという現実も目の当たりにしました。守りたいのに、守れないのならば、「私が誰かの家族の命を守ることで、多くの人に幸せを届けたい。外科医になれば、その一助となれるのでは」。この思いが、私のMSFでの活動の原点です。
南スーダンで一番印象に残っている患者さんは、昨年7月に出会った、毒ヘビに脚をかまれた少女です。患部に軽く触れただけで飛び上がるくらい痛がり、悲鳴をあげていた樣子が目に焼きついています。脚は腫れあがり、いまにも血流が止まって壊死しそうでした。毒が全身に回ることを阻止し、かつ脚を切断せずに治すには、一刻も早く、圧を取り除き、血流を確保するための切開が必要だったのです。付き添っていたお母さんに「30センチメートルの長さで2カ所、すぐに切開しなければならない」と説明して、手術への了承を得ようとしました。でも、「毒ヘビにかまれただけで、なぜそんなに大きく切る必要があるの?」と言って、なかなか納得してもらえません。
南スーダンでは、病院や医師は身近な存在ではありません。多くの人は、まず伝統医療に頼ることが多く、それまでに経験したことのない「手術」というものに対する大きな不安を持っていました。お母さんは「毒ヘビにかまれた」ことと、「娘の脚に大きくメスを入れられる」ことが、すぐには結びつかず不安になったのでしょう。粘り強く説明を続けた結果、ようやく手術に了承しもらえて、手術は無事に成功。脚の切断を免れることができたのです。「ありがとう」。涙を流しながら言ってくれた、お母さんのその言葉が忘れられません。「わが子を守りたい」という気持ちは万国共通なんだ、と改めて感じました。そして、20代の時に誓った「家族の幸せをこの手で守る」という思いに、手ごたえを感じた瞬間でした。
実は、毒ヘビに脚をかまれた少女をはじめ40人程度が入院していた小児病棟には、ずっと重苦しい雰囲気が漂っていました。子どもたちは皆、重い外傷を負い、入院期間も長いため、気分が塞ぎ込みがちで、食事もあまり進まないようでした。そこで最初に動いたのは、MSFの人事や経理などのスタッフたち。何とか子どもたちに笑顔になってほしいと、週末にボランティアを始めたんです。「どんなことをすれば病院にいる子どもたちが、楽しく前向きな気持ちになれるだろう」と一生懸命考え、風船で遊んだり、お絵描きをしたり、アルファベットを教えたり、ダンスを踊って楽しく体を動かしたり。私たち医療スタッフは日々の診療に追われていましたが、彼らの姿に背中を押されるように、次第に「彼らがやるなら自分もやらなきゃ」と思い始めました。
私は現地にギターを持って行っていたので、ウクレレを持って来ていた手術室看護師に「病棟で弾いたら、子どもたちも喜ぶんじゃない?」と声を掛け、小児病棟で演奏することに。「スタンド・バイ・ミー」や「カントリー・ロード」を演奏したら、子どもたちは手拍子して踊ったり、ギターに集まってきて「これ何?」と大喜びしたり。こういったレクリエーションのおかげで、明らかに子どもたちの笑顔が増え、診療時の受け答えもよくなり、食事の量も増えていきました。ごく短期間のうちに、子どもたちがみるみる変化していくのを目の当たりにして、患者さんの心に働きかけることが体の回復を助けるのだと改めて実感できました。私たちの演奏も、子どもたちの回復に少しは貢献できたのかも。そう思うと、緊張で張り詰めていた心の糸が少し緩みました。
ようやくかなった「MSFで人の命を救いたい」という中学時代の夢。でも、まだ始まったばかりです。私はこれからもずっと、さまざまな国や地域の現場に立ち続けたい。私が治療することで守れる命があり、家族の笑顔が生まれる。それができるのは、皆さまの寄付のおかげであることを実感しています。温かいご支援に心からの感謝を申し上げます。皆さまの寄付が「誰かの幸せ」を支えてくれています。どうか変わらぬご支援をどうぞよろしくお願いいたします。
2026年4月 国境なき医師団
外科医
中野 悠平


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