教育について
雑誌『ちくま』2026年9月号 №666
元東京大学総長の蓮実重彦氏が連載している
「些事にこだわり 33」 三人の理工系研究者への深い恩義と、現代日本の高等教育に対する漠たる不安について ――――最後尾の記述より抜粋します。
ここでは、次のことをいうに止めておく。日本の高等教育は、ある時期まで、かなり高度な水準を維持していたといえる。戦前から戦後にかけての旧制の高等教育制度がかなりの水準であったことは、湯川秀樹、朝永振一郎、江崎玲於奈、小柴昌俊――いずれも旧制の一高と三高ばかりだ――といった名前からして明らかである。また、わたしとはほぼ同年代といってよい利根川進、野依良治、益川敏英といった方々の活躍は、いわば「安保世代」までは大学が大学として充分に機能していたことを証明している。問題は一九七〇年以降である。国家の介入が目に見えて大学を変質せしめて以降の高等教育が、まともに機能していたといえるか否かが問題なのだ。これという大学政策に基づくものとはとても思えぬ諸々の制度改革が、はたして大学を大学として機能せしめているかどうか。それが、いま、気になって仕方がない。ノーペル賞の受賞だけが大学の質の保証とはなりがたいとは思いつつも、文部科学省の介入があればあるほど大学の質の低下が顕著になっていはしまいか、二〇〇一年に大学を離れて以降、大学とはいっさい無縁の生活を行っており、ひたすら恩義の問題にかかわっている身ではあるが、そのことがほんのちょっびり気にならぬでもない。
(はすみ・しげひこ 映画評論家/文芸評論家)
ふと読んだところで教育に対する「国家の介入」が気になり抜粋しました。


コメント